ブラッド・ビンダー:ポチェフストルームから世界チャンピオンまでの8年

 BSNより。Moto3のチャンピオンになったビンダーのインタビューです。




 アラゴンにおいて、ブラッド・ビンダー世界選手権のタイトルを獲得した。これは、南アフリカ人のライダーとしては、1980年にJon Ekerold350 ccを制して以来の快挙で、今シーズン終了まであと4レースを残した時点でタイトルを手中に収めた。

 ダニ・ペドロサにヴァレンティーノ・ロッシ、マルク・マルケス、そしてホルヘ・ロレンソと並んで、アラゴン・グランプリの前日に記者会見に出席したビンダーは、プレッシャーの低減に努めた。控えめかつシャイな態度で、彼は冷静さを維持した。5度の勝利に計10度の表彰台という有利な状況にもかかわらず。夢に手が届きそうであったというのに。

 実際、21歳のビンダーがアラゴンにおいて新たにMoto3世界チャンピオンになる公算は高かった。仮に彼が3位で完走したとして、直近のライバルであるエネア・バスティアニーニが優勝しない限りは選手権を制することができたのだ。そして彼はこの条件すら上回った。彼はこのイタリア人を従えて2位で完走した。

 「ミザノの後、南アフリカの友人たちから、アラゴンに来て応援したいと言われました。ですが、わたしとしては彼らに家に居てほしいと思いました。正直、過度にプレッシャーに晒されることはありませんでした。もちろん、目標を達成したいという思いはありましたが、レースの前日に神経質になることはありませんでした。挑戦の機会がまだ4レース残されていることを認識していましたから。バレンシアまで持ち越しという事態になれば話は別で、あらゆる手を尽くさざるを得ませんが。」彼は語った。

 レースの前日、ビンダーが緊張感を露わにすることはなかった。ここに至るまでにエモーショナルな面や家計を二の次にしてきた彼自身と彼の両親、トレバーとシャロンは、レース後に感情を噴出させた。

 ポチェフストルーム、南アフリカの北西州の町から世界の頂点に至るまで、その道のりは長きにわたった。ビンダーはその長い旅路のひとつひとつの過程において、ハード・ワークと献身により何かを獲得してきた。彼が育ったColtenburgは炭鉱の村で、そこで彼の父が働いていた。彼は8歳でカートを始めたが、10歳の時にバイクに転向した。

 「南アフリカでレースを始めるのは比較的容易です。そこから挑戦し、プロとしてのキャリアを切り開くとなれば話は別ですが。」新たな世界チャンピオンはこのように述べた。

 オーストラリアからヨーロッパに渡ったケーシー・ストーナー同様、ビンダーもまた母国を去った。「12歳の時に故郷を離れ、イングランドでレースを始めましたが、大変でした。」

 しかし、彼のキャリアにおける転機が訪れた。2009年のRed Bull Rookies Cupへの参加資格を得たのだ。2012年にMoto3に参戦すると、彼は母親を伴ってスペインに移住した。父親は弟のダリンと共に南アフリカに残った。Red Bull Rookies Cupからアキ・アジョのチームへの加入を経てMoto3の世界タイトルに至り、このサイクルは完結した。

 厳しいレースでした。このような展開を予期していましたか?
 「今回のバトルには負けましたが、タイトル争いを制しました。レースはとても厳しいものでした。苦戦していたのです。スロットルを開ける度にワイドになっていましたから。レースに勝つべく、最善を尽くしましたが、バスティアニーニとナバーロの方が好調でした。少しアグレッシブになろうとしました。最終コーナーでは、インサイドへ行き、走行ラインを塞ごうとしました。しかし、少しワイドになってしまい、ナバーロに追い抜かれてしましました。」

 南アフリカから世界の頂点に至りました。長い道のりでしたが・・・
 「世界タイトルを獲得したという実感はまだありません。献身的にわたしを支えてくれた両親に感謝を伝えなければなりません。12歳で南アフリカを去り、ヨーロッパでのレースを始めました。今日になってようやくそれが報われたと言えます。チームにも感謝を述べるほかありません。アキ・アジョとKTMがわたしを支援し、素晴らしいバイクを提供してくれました。」

 南アフリカ人ライダーがグランプリに辿りつくためには、Red Bull Rookies Cupを経由するほかない?
 「南アフリカにはレベルの高い選手権はありません。ですから、Red Bull Rookies Cup行きはGPを目指すのにとても良い選択であると思います。12歳以降のことを振り返ると、わたしはずっと同じような面子と競い合ってきました。」

 残りの4レースは純粋に楽しめることとお察しします。
 「はい。常にコンサバであり続けるよう努めてきました。いまはその念から解放されましたから、トラックへ赴いてレースでの勝利を狙うのみです。」

 今回の偉業に対する母国の反応は?
 「電話が2秒おきに鳴るという状況なら、南アフリカにおいてメディアが騒然としていると思うでしょう。」

 今シーズンのカギとなったのは?
 「カギはこれまで経験した中で最高のチームからの支援が得られたことです。チームにマネージャー、KTMからのフルサポートが得られていない、そのような感情を抱いてレースに臨むことなど皆無でした。ストレスにも晒されませんでした。彼らの働きに対して
100パーセントの信頼を寄せていましたから。次に、ヘレスにおいて信じがたい形で初優勝を遂げたことです。35位から1位にまでたどり着いたことに大きな満足を覚えました。一度レースに勝ってしまえば、何かを掴むものです。困難に遭遇する度に自らに言い聞かせてきました。『一度勝つことができれば、それを再現できる。』と。この勝利がわたしにモチベーションと自信をもたらしました。」

 来年には新設のKTMチームと共にMoto2に挑みます。この新たなチャレンジの展望は?
 「ここ数年で学んだのは、集中し続けること、そして落ち着くことの必要性です。調子が悪い日には、結果から目をそむけ落胆するものです。以前にできたことなら、きっと再現できる。これがわたしの理念です。とにかくそこへ行って挑むのみです。懸命に取り組み続ければ、モノにできると思います。仮に1年目にそこまで行かなくても、2年目、あるいは3年目には。」




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