MotoGP Q&A - レオン・キャミア

 Crash.netより。レオン・キャミアのインタビューです。




 操縦法を身につけるのに1年かかるといわれているMotoGPバイクですが、わたしは乗ったことのないバイクに、行ったことのないトラックでいきなり飛び乗ることになります。ブレーキやタイヤだって未経験なんです。」 レオン・キャミア

 レオン・キャミアへの独占インタビュー。彼は、アスパー・ホンダ・チームからMotoGPデビューを果たす予定である。怪我で療養中のニッキー・ヘイデンの代役として招聘されたのだ。

 思いがけずWSBKのクレセント・スズキのシートを失ったキャミア。彼はその後、イオダレーシングのフルタイム・ライダーとして2014年にMotoGPデビューを果たすはずであった。ところが、キャミアは再びシートを失った。チームが一台しかARTを確保できなかったためである。

 シーズン開幕までにフルタイムの契約を得られなかった27歳のキャミアは、怪我に見舞われたシルバン・バリアの代役としてWSBKに舞い戻り、BMWを走らせた。その後にはMVアグスタにおいてクラウディオ・コルティの代役も務めたが、その間には突然ヘイデンの代役に指名され、カタルーニャに赴いていた。

 カタルーニャにおいては、キャミアが出走する機会は訪れなかったが、その後、ヘイデンは2戦の休場を強いられることになった。手首の手術に踏み切ったためである。このアメリカ人の欠場に伴い、元BSBチャンピオンのキャミアが彼のRCV1000Rを引き継ぐことが公表された・・・

 今年に入ってからいかがですか?エキサイティングでしたか?それとも恐怖を感じましたか?

 実を言うと、最初はひどく怯えていました。土壇場に来てのシート喪失でしたから。最初に目の前にあった希望の光が消えてしまったように感じました。キャリアがだめになったと感じれば、誰しも気が滅入るものです。正直言って、スタートは最悪でした。

 フルタイムで選手権のレースに出場し、キャリアを前に進めること。望みといえばそれだけなのですが、それが叶わぬ状況でした。

 しかしその後、複数のチームの招きにより、いくつかいいバイクに乗る機会を得たことで楽しいと感じるようになりました。いい経験になりました。異なるバイクからいかにして求めるものを引き出すのかという点において。これは興味深いことです。

 この手の代役参戦はいい報酬がもらえるんでしょうか?

 はい。それなりに。チームやマニュファクチャラー次第ですが、そのチームと一年契約した場合の報酬と比較すれば、一戦あたりの金額は少ないです。わたしにとっては今年が本当に正念場です。

 なぜイオダの話は立ち消えたんでしょうか?

 土壇場になってスポンサーが撤退したためです。テストのためにマレーシアへ向かう予定でした。最初のテストは出席できなくても、二度目のテストには出席できる、その後のレースも問題ないと聞かされていました。

 その後、カタール・テストにのみ出席すると言い渡され、それから突然カタールの予定もなくなったと言われました。代わりのスポンサーが見つからなかったとも。

 モーターサイクル・レーサーとして苦境に立たされました。あの時点では、ブリティッシュ・チャンピオンシップのシートを狙うにしても遅すぎたんです。WSBKは既に開幕していましたし、どうしたらいいのか途方にくれていました。

 そしたらシルバンが怪我をして、チームから連絡を受け取りました。即決でした。マニュファクチャラーの後ろ盾がある優良チームでしたから。実際上手く行きました。

 BMWに乗った際にはあらゆることが順調でした。最初から。すぐにバイクに慣れて、最初のレースでは優勝しました。最も難しかったのはevoバイクというものに慣れることでした。昨年までフル・スーパーバイクに乗っていましたから、少し違いを感じました。evoの限界を見極めないといけないんです。

 いくつかのレースに出て、スーパーバイクと一緒に走りましたが、バイクの競争力を考えれば上手くやったんじゃないかと思います。BMWevoマシンはフル・スーパーバイクよりも約40馬力劣っていて、そのジェネラル・スペックはBSBのバイクよりも低いんです。ほぼスタンダード・バイクと同じ状態で走っていました。しかし、イモラなどではかなり速いラップ・タイムを記録しました。スズキ勢を上回る速さを発揮しましたし、ホンダの一部やアプリリアのトニ・エリアスも上回りました。ですから、それほど悪くはありませんでした。

 結局選手権3位まで行って、2位にも手が届きそうだったのですが、ドニントンで腕を負傷してしまい、順位を上げる機会を失ってしまいました。

 チームから続投についての話はありましたか?

 はい。追加のバイクを走らせるべく、チームは資金を確保しようとしました。しかし、資金と資材をすぐさま用意するというのは難しいことですから、結局実現に至りませんでした。

 その時点ではチャンピオンシップのチャンスもあったんですが、先ほどお話したとおり、腕の負傷により2レースを欠場してしまいました。そして、マレーシアのあとにはシルバンが戦線復帰しました。ですが、これは当然のことです。チームはシルバンと契約しているんですから。彼はいいライダーで、チームは契約に沿った行いをしたまでです。ですから、彼らの決定に文句などありません。

 自宅でBMWMVからの連絡を待っているんですか?

 そうでもないです。しかし、全てのオファーに応じているわけではありません。いきなり何かに飛び乗って、人並み以上の働きを示すというのは、容易ならざることですから。BMWに関しては、いいチームだという事はもう判りましたから、来てほしいというオファーがあれば迷わず応じます。

 MVに関しては、状況がやや異なっています。WSBK参入初年度ですから、バイクの開発のためにそこにいるような状態です。ですから、面白そうだとは思いました。バイクの開発に関与できるわけですから。マニュファクチャラーの関係者と知り合う機会にもなりますし。

 MVはまだ課題山積ですが、彼らの立場を考えれば実に良くやっていると思います。勝てる見込みがないのは解っていましたが、プロジェクトが進展していく様を見るというのは面白いですし、ファクトリーとの連携作業というのも興味深いです。

 他にも選択肢はたくさんありました。応じなかった依頼もいくつかあったんです。奇妙な状況です。誰かライダーが怪我をすると、電話を確認するんですから。最悪な一年になると思っていましたが、これまでかなりのオプションを提示されてきました。

 アスパーとのMotoGP契約のいきさつは?

 まもなくそうなる可能性があることは解っていました。しかし、ニッキーの意向次第でしたから。彼が手術に踏み切ったことで、そうなりました。

 キャリアにおける重要な機会ですよね?

 そう言い切るのは難しいです。操縦法を習得するのに一年かかるといわれているMotoGPバイクに、テストなしで飛び乗るんですから。知らないバイクに知らないトラック、ブレーキもタイヤも未経験です。あらゆる意味で逆境にあるといっていいでしょう。ですから、わたしに期待するだけ無駄です。

 プレッシャーは全くありません。学ぶためだけに出向くんですから。確かに、いい結果が出せたら素晴らしいですし、来年に向けての選択肢も拡がるかもしれません。ですが現実的に言って、こういったチャンスにどの程度の価値があるのかはよく解りません。

 インディアナポリスでの走行は今回が初めてですか?

 はい。そういわれるとすごく大変そうに聞こえます。フット・ペグやその他もろもろをわたしに合わせれば、乗れる状態にはなります。しかしタイヤとブレーキについては大きなチャレンジであると思っています。どうやってこれらの温度を維持するのかについても。

 MotoGPバイクには乗ったことがありますか?

 一度だけ。ダニ・ペドロサの990に乗りました。BSBタイトルのご褒美として乗せてもらいました。8ラップ走行しました。しかし乗りこなせませんでした。ギア・チェンジやらなにやら上手くできませんでした。小さかったので。

 しかし幸運なことに、アスパーではFrankie Carchediと働くことになります。あなたとは旧知の仲ですし、このバイクの扱いについても経験があります・・・

 彼はここ数戦においてニッキーと共に作業に当たってきましたから、これはポジティブな要素です。彼はわたしがバイクに求めるものを心得ていますから、このことが助けになればと思っています。メイン・テクニシャンの一人になるでしょう。

 あなたのアスパーからの代役参戦について、2レースだという人もいれば3レースという人もいます・・・

 それはニッキーの状況次第です。彼がシルバーストーンに間に合うのであれば、彼が出走します。正直出たいという思いはありますが、やはりニッキー次第です。

 アスパーのようなチームがあなたに接触してきた。これは、あなたのライディングが評価されていることの裏付けといえますよね?

 はい。このような役を任される事を大変光栄に思います。

 わたしたちの間の最初の接触はカタルーニャの前でした。チームはニッキーの手首の状態に懸念を抱いていましたし、タイミングもちょうど良かったんです。マレーシアがBMWでの最後のレースでしたから。

 バルセロナに戻ったんですが、どの道そうなるはずでした。アンドラに自宅があるものですから。それで、レースを見に行ったんです。そのとき、ニッキーはまだレースができる状態で、かなり速かったものですから、あの時点では何も起こらないだろうと思いました。しかし、今は彼が手術に踏み切りましたから、腹を括っています。

 振り返ってみると、クレセン・トスズキとの2014年の契約を失ったことが、却っていい状況を招いたんじゃないでしょうか?

 なんとも言い難いです。あの時はひどく憤っていましたから。バイクが変わると聞いて本当に楽しみにしていたんです。翌年からは常任のエレクトロニクス・テクニシャンが来ることになっていましたし、それ以外にもバイクの競争力の向上を期待させる要素がありました。

 スズキはすごく変なんです。バイクにはポテンシャルがあるように見えますし、チームも優秀です。ですから、締め出されたときには本当に頭にきました。本当に、いい選択をしたもんだと思いましたよ。

 しかし、次第に実力が明らかになってきました。彼らは開幕から2レースで好走を見せたものの、バイクが劇的に良くなったわけではいないことが判ってきたんです。わたしたちが乗っていた時と大差ないんです。昨年、ユージンは何度も勝ちましたが、今年についてはかつてのわたしと同じような順位を走っています。アレックスも良くやってはいますが、頻繁に転倒しています。しかし、これは上位を走るのが難しいバイクで差を生み出そうと試みた際に起きる現象だと思うんです。

 結局のところ、チームは財政的な理由からユージンを採ったんでしょう。アレックスにはもともと契約があり、わたしと一緒に走るはずでした。ですから、チームがわたしを追いやってユージンを採用した理由は財政的なものだと思っています。

 厄介だったのは、かなり遅い段階になってから放り出されたことです。他にも色々とオファーはあったのですが、スズキのために断っていました。そしたら、手ぶらの状態で放り出されたんです。既にスズキのテストも予定に入っていたというのに、突然すべてが白紙状態になりました。

 あの時は落胆しましたし、憤りを感じました。しかし、あれから今に至るまで、何度かいいレースをしましたし、いいオプションも生まれました。ですから、何事にもそれなりに理由があるんじゃないかと感じています。

 では、来シーズンに向けた準備を進める時間ははっぷりあったと?

 これからですよ。MotoGPのトップ・ライダーが収まるところに収まって、それから二ヶ月のうちに残りの選別が始まるんです。来月当たりに動きがあるんじゃないかと思います。

 確かに、MotoGPに行きたいとは思います。ですがそこへ行って、下位で完走することに関心はありません。わたしがほしいのは競争力を発揮できる環境です。ですから、WSBKが現実的です。もしMotoGPにおけるそういったオプションを手にすることができれば、行きたいと思います。そうでなければWSBKに行きます。それもない場合には、また考えます。

 ありがとう。レオン。

 こちらこそ。



 ダニエルのバイクに乗るレオンの図はこちら。窮屈そう・・・



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